太平洋線が直行便となるまで

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|太平洋線が直行便となるまで|昔のヨーロッパ線|超音速旅客機コンコルド

初期の太平洋線の飛び方

言うまでもないことですが、日本の東には広大な太平洋が広がっているために、ホノルルに行くのでさえも9,000km程度の航続距離を持った機体(DC-10など)が必要です。では日本航空が(当時はいわゆる「航空憲法」下で、国際定期路線を運航できるのは同社と日本アジア航空などの関連会社だけでした)初の太平洋線である東京(羽田)−サンフランシスコ線を開設した時はどのように飛んだのでしょうか?

当時の機材はダグラス社製の四発レシプロ機「DC-6B」で、与圧はされていたものの航続距離が長くなく、ホノルルでさえも直行できませんでした。そこで、「東京発ウェーキ・ホノルル経由サンフランシスコ行き」という形で運航されていました。

西海岸線直行化まで

その次のダグラス製四発レシプロ機「DC-7C」となると、ようやくウェーキをパスしてホノルルまで直行できるようになりました。なお、ジェット機では偏西風(ジェット気流)の強い冬場の復路を含めてホノルル線を直行で運航するには「ダグラスDC8-55」型機が必要でした。さらにアメリカ西海岸までノンストップで運航するまでには「ダグラスDC-8-62」型機の登場を待たなければなりません。

東京−ニューヨーク直行便開設へ

ニューヨークなどのアメリカ東海岸線は現在でも直行便の中で最も長距離の部類に入ります。まだB747型機が誕生した当初では直行は不可能で、アンカレッジやアメリカ西海岸を経由する経由便として運航されていました。そこでパン・アメリカン航空はこの区間を直行で運航できるような同型機の開発を求め、結果として「B747SP」が誕生しました。この機体、胴体を短縮し、垂直尾翼は伸ばされてある種異様な見た目ですが、この機体のおかげで同社は東京−ニューヨーク直行便を運航することとなりました。

一方日本航空は同様にこの路線を直行にするためにちょっと特殊な「B747-200B」を作らせます。これは貨物室に燃料タンクを増設し、エンジンも2階席延長型の「B747-300」用のエンジンを搭載した機体を3機導入して同区間をノンストップで運航するようにしました。ちなみにこの3機には「エグゼクティブ・エクスプレス」という愛称をつけていました。ただ、冬場のジェット気流の強い時は向かい風となる復路では燃料が足りなくなり、途中新千歳などで給油着陸となる事態もあり、余裕を持って直行便を運航するためには、「B747-400」型機の登場以降となります。

直行化最後の聖域−ブラジル線

日本とブラジルとの間は1万9千キロに近く、最も航続距離の長い「B777-200LR」でさえも直行できないという、「最後まで直行化できない」路線です。現在はロサンゼルスまたはニューヨーク経由で運航されています。ただ私個人としては、カリブ・中南米路線の充実しているマイアミ経由(マイアミまでは直行便)が一番便利なのではないかなと思っています。

ただ現実にはアメリカはただ通過するだけでも入国手続きが必要(たとえ経由便ですぐに離れる場合でも)で、ビザが免除されていない国の方は通過ビザも必要で、アメリカ経由というのは敬遠されています。そこでカナダ経由(航続距離的にはトロント経由か?)やヨーロッパ経由が多くなってきているようです。